本日のインタビューでは、カナダのバンクーバー在住のKuno Kojiさんにお話を伺います。
※本記事は、インタビュー動画のテキスト版です。動画を視聴はこちらからできます。
海外に行こうと思ったきっかけ
私は、学生としての留学で16歳~22歳までアメリカに滞在しました。
日本に帰って働いて20年以上働いてましたが、子育ての環境を考えてカナダに移住しました。
今はカナダで10年、仕事も子育ても経験しています。
今日は、それらの経験を皆さんとシェアできたらと思います。
中学3年生で単身アメリカへ
10代の時には、日本全体がアメリカ文化の影響を非常に強く受けている時期でした。
その頃のテレビでは、アメリカ横断ウルトラクイズや、クイズ番組での優勝賞品がハワイ旅行など、アメリカが身近に感じられる内容が多かったんです。
その頃、私はプロレスと音楽が大好きで、特にヘヴィメタルに夢中でした。
好きなバンドがアメリカやイギリスなどから来ていて、海外への憧れが増していったんです。
好きなバンドは当時はマイナーで、日本にコンサートに来るということはなかったんです。
80年代はまだインターネットがなく、バンドのライブ映像などはリアルタイムで見ることができない時代でした。
それならば自分から行くしかないと思い、中学3年生の夏、14歳の時に初めて1人でアメリカのサンフランシスコ、ロサンゼルスへ行きました。
怖さよりもワクワク感の方が大きかったです。
飛行機から初めて見るアメリカの風景に大いに感動し、その光景は今でも鮮明に覚えています。
そのぐらい、本当に怖さというよりもワクワクしかなかったという感じでしたね。
10日間のアメリカ滞在を終えた後は、確信を持ってアメリカに住もうと思って帰国しました。
それから、16歳のときに親に頼み込んで、留学という道を選ばせてもらったんです。
16歳でアメリカの高校へ進学
16歳から高校留学という形でアメリカに行き、アメリカの高校に進学しました。
留学エージェントの助けを借りず、すべて自分で調査して行動しました。
高校はニューヨーク州の田舎のクリスチャンスクールから始まり、その後フロリダの高校に転校して卒業しました。
それから私の憧れの地であるロサンゼルスの大学に進学し、卒業後は一旦日本に戻り、就職しました。
40代で再びカナダ移住へ
日本では旅行会社HISに就職しました。
ただ、最初に就職した旅行会社での仕事はあまり自分に合っていないと感じ、再び音楽の仕事にトライしました。
そうして1年半後に、トイズファクトリーというレコード会社に転職して20年音楽の仕事をしました。
結婚したときに、子供はできるだけ海外で育てたいと思うようになりました。
日本の教育とアメリカの教育の両方を経験したからだと思います。
また、自分自身が高校留学を経験したことで、さまざまな国の人たちと一緒に過ごすことの価値を理解しました。
フロリダの学校には、ケイマン諸島のような知られざるカリブ海の島国からの子供たちがたくさん来ていましたし、ヨーロッパやアジアからも多くの生徒がいました。
私の経験が自分の子供たちにとって有益なものになると考えました。
現実的に大変なことであるとは理解していましたが、自分が学んだことを子供たちにも伝えたいと思ったのです。
それで、結婚する際に、海外で子育てをしたいという想いを伝えました。
奥さんは最初、それを旅行の延長のような感じだと捉えていたかもしれません。
本格的に自分の中で、海外での子育てという目標が見えたのは30歳を過ぎてからでした。
移住先にカナダを選んだ理由
子育てのために、どの国が最適なのかを考えました。
まず、ワーキングホリデーのビザが比較的簡単に取得できる国として、ニュージーランド、オーストラリア、カナダが挙げられます。
アメリカでの生活経験から、私はアメリカで子供を育てることに魅力を感じませんでした。
それに、アメリカのグリーンカードを取得することはとても難しいのです。
それで、ビザの取得が容易で、生活しやすそうな国に候補を絞り込みました。
しかし、ニュージーランドを訪れてみると、そこで働くイメージがあまり湧かなかったんです。
人よりも羊のほうが多いと言いますが、本当にそんな感じで。
そこで、ニュージーランドは候補から消えました。
オーストラリアは私が大好きな国で、何度か旅行に行った経験もあります。
しかし、当時の私のキャリアからすると、オーストラリアでのビザ取得は難しかったです。
それでオーストラリアも候補から外れ、結果的に消去法でカナダになったような形です。
だから、最初からカナダに住みたいと思っていたわけではないんです。
温かいところが良いと思っていたので、カナダの中でもバンクーバーしかないという感じでした。
カナダ視察でバンクーバーに魅力を感じる
子供が生まれて1~2週後に、一人でバンクーバーを視察に行きました。
ところが、初めてのカナダ訪問で、バンクーバーが思いのほか気に入りました。
アジア人が多く、日本食が普通に買えるという生活環境が魅力的でした。
もし、学生時代だったらロサンゼルスのような町に魅力を感じたと思います。
バンクーバーは退屈だと思ったはずです。
子育てをするという視点で見ると、バンクーバーはとても魅力的な都市だと感じましたね。
ビザの問題や永住権の問題を考慮すると、カナダしか選択肢がありませんでした。
そして、視察してみた結果、カナダであればバンクーバーが最適だと思いました。
それで、バンクーバーを目指して進めていくことに決めたわけです。
夫婦でのコミュニケーション
もともと結婚する前から子育てを海外でしたいという話をしていました。
奥さんに全く反対されなかったのも大きかったですね。
奥さんは、全く海外経験がなかったんですが、私と出会ったときに、ワーキングホリデーでニュージーランドに行こうと思っていたようで、それが二人で海外に行くきっかけになりました。
ただ、英語は大変だったと思います。
40歳で初めて海外に住むのと、10代や20代前半で初めて海外に住むのは全く違います。
だからこそ、10代や20代前半で行ける人はぜひ行ってほしいと思います。
ビザ取得のプロセスについて
オーストラリアやニュージーランドでは、職業リストや、英語力、年齢、家族構成などがポイント制となっていて、そのトータルポイントが一定の基準を超えるとビザの申請ができるようになっています。
しかし、私の場合はどちらの国でもポイントが足りませんでした。
カナダのビザ申請では職業リストの中に「プロデューサー」が入っていたことが、ビザ取得のきっかけになりました。
カナダ移住が実現するまでは7年かかった
ただ、視察をしてからカナダに移住するまでに7年もかかったんです。
ビザ申請の途中で担当者が変わってしまったり、いろいろありましたが、その間も日本での仕事が忙しく、充実していたので焦ることはありませんでした。
私自身が強くカナダに行きたいと思っていたわけではなく、どっちでもいいという程度の気持ちでした。
それが結果的に良かったと思っています。
ビザ取得のための手続きを始めてから実に7年後にビザが取れました。
もし強くカナダに行きたいと思っていたら、途中で諦めてしまっていたかもしれません。
でも私の場合は、「ビザが取れたらそのとき考えればいい」という感じだったので、ビザが取れたときは本当に驚きました。
ビザが取れた後は、すぐに「取れたなら行かないともったいない。後で後悔する」と思い、すぐに行く方向で進めることを決めました。
それからは仕事の引き継ぎなどに時間がかかり、結局カナダに引っ越すまでに1年半から2年かかりました。
これが普通かどうかわからないのですが、ワーキングホリデーできてカナダに住みたいと思った方もすぐにビザがおりなかったり、国際結婚をした方なども2年くらいかかったり、ビザ取得には時間がかかることは確かです。
ビザの審査は個々のオフィサーによって決まります。
冗談じゃなく書類をなくされたりすることもありますから。
ビザ取得のために行動すること
僕がビザを取得したのは東日本大震災の直後だったんです。
推測の範囲ですが、その時期、カナダの永住権のアジア管轄がマニラから東京に移りました。
それが大震災とほぼ同時期でした。
震災の影響で海外の人々が一斉に自国に帰ってしまった時がありましたよね。
その時に、東京のオフィスにいたスタッフがビザの申請を一斉承認して、カナダに帰ったのかもしれないと推測しています。
急に永住権の承認がおりたわけですから。
ビザの審査は人が行っているので、そういった個々の状況が大きく影響することがあります。
だからこそ、何が起こるかわからないというのが現実で、申請を諦めずに続けることが重要だと思います。
また、とにかく申請を出してしまうという行動も重要だと思います。
実際、僕の場合、オーストラリアやニュージーランドではポイントが足りず申請ができなかったんですけど、カナダでは申請が可能だったので、とりあえず申請を出してしまいました。
早めに行動することが大事です。
日本人は慎重すぎるところがあります。
もっと気楽に行動して、後で決定すればいいという思考を持つことが大切だと思います。
その時に行きたいと思えば行けばいいし、行きたくなければ行かなくてもいい。
全てを100か0かで考えすぎると、結果的に行動ができなくなってしまうんですよね。
あまりにも慎重すぎて前に進めない人は多いですよね。
僕の留学の仕事でもそうで、本当に悩んで結局行かない人もたくさんいます。
だから、どんなに迷っていても、まずは動き出すことが大事だと思います。
その過程で状況が変わったり、考え方が変わったり、新しい人と出会ったり、新しい情報が出てきたりするので、あまり悩みすぎずに、もっと気楽に動き出せば良いと思っています。
カナダ移住にかかった費用
僕の場合、一番大きかったのは永住権をとってからカナダに行ったことです。
子供の教育費が大きな問題になると思ったからです。
留学生として子供をカナダに送ると、年間で少なくても一人当たり150万円程度の授業料がかかります。
もし子供が二人いれば、年間で300万から350万円になります。
学生ビザで子供が行く場合は一年間暮らすのに最低でも700万円は必要です。
親がカナダに来て働かないといけませんよね。
日本の収入が途絶えないように、日本でITやネットの仕事をしている人は、海外生活に動きやすいかもしれません。
カナダでの仕事や収入を得る方法
僕は、カナダに移住する5年前から、「恋愛セミナ-」の小さなビジネスを始めていました。
それが、自分でも驚くほど人気が出て、本業を上回るほどの収入になりました。
そのビジネスがあったおかげで、金銭的な余裕があったんです。
カナダに行ってすぐに現地で仕事をする必要がなく、しばらくは日本と行き来しながらセミナーを開いて、その収入で生活することができました。
それがあったからこそ、余裕を持ってカナダでの生活を楽しむことができたんです。
ビジネスは、海外生活を見越して始めたものではありませんでした。
しかし、それがなかったら大変な状況になっていたかもしれません。
副業やビジネスを持つことが、海外生活における一つの大切な要素であると思います。
好きなことを仕事にする
僕の仕事はちょっと謎めいています。
よく「何をやっているんですか?」と聞かれると、正直答えづらいんです。
ホームページには恋愛相談から留学情報まで幅広い事業が載せられています。
今では、「パラレルワーカー」や「パラレルキャリア」という言葉が通用しますよね。
僕は、いつもいくつかの仕事を同時にこなしていますが、全てに対してプロフェッショナルとして取り組むようにしています。
僕はただ、好きなことしかやっていないんです。
それが一貫して変わらない。
得意なこと、好きなことだけをやっており、それが仕事になってきました。
僕自身、普通のサラリーマンという働き方はできません。
毎日同じ時間に出勤して、同じような仕事をするというのは得意ではないんです。
だから、少し変わった働き方をしていますが、それが自分にとっては一番合っていると思っています。
カナダでの子育て・学校の選び方
僕がやったのは、どの街に住むかを決めることでした。
自分で各地を訪れて、詳細に調べました。
特にカナダの場合、公立学校の学費はほとんどが無料です。
それで、どの街が住みやすいか、どの街に住みたいと思うかを調べるために、各地を訪れることが重要でした。
現在はインターネットで情報があふれていますし、YouTubeで情報を発信している人も多いです。
それは便利な一方で、どの情報が正しいのか見極めるのが難しくなっています。
しかし、現地に行って見て感じることは、それらの情報に振り回されることなく、自分自身で判断を下す助けになってきました。
留学ということを考えるなら、やはり自分で見て確認することは重要だと思います。
カナダでは家探しに苦労した
42歳の時に家族を連れてカナダ、特にバンクーバーに移住しました。
ただ、その時は住む家も仕事も決まっていませんでした。
現地で様々な条件を踏まえて家を探しました。
思っていたよりも賃貸を借りるのが難しく、家探しに苦労しました。
とりあえず2~3週間住むところだけ仮予約して現地で探す感じでした。
日本で不動産をしていたら、外国人が仕事もなくてやってきたら部屋を貸さないですよね。
どこかの会社の駐在員で来たら別でしょうけど。
僕は一年分の家賃を先に払おうと思ったのですが、それでも貸してもらえないところが多かったですね。
その経験から、親子留学や教育移住をサポートする際は、現地の不動産屋さんを立てるようにしました。
彼らが担保となることで、賃貸の契約がスムーズに行くことが多くなりました。
これは経験から得た教訓で、実際に現地に行って経験することで初めて得られる知識ですね。
カナダと日本の教育環境の違い
カナダに移住した時、上の男の子が小学校2年生が終わったところで、下の子が幼稚園の年中さんが終わったときでした。
つまり、8歳と5歳でカナダに連れてきました。
それから10年ですから、上の子はもうすぐ高校卒業になります。
下の子も中学校3年生が終わるところです。
カナダでの教育は、日本とは大きく異なる点がいくつかありますが、特に大きいのは「受験」です。
これは、僕自身が受験を経験した人間として、また子供たちの親として大きな違いだと感じています。
受験を否定しているわけではありません。
しかし、海外の教育を見ると、特に高等教育、つまり大学教育の部分で、日本の教育とは大きく違うところを感じます。
日本では、高校3年生までの学力は世界トップレベルですが、大学入学がゴールになってしまうことが多いですよね。
しかし、社会に出てからが弱いという部分が見受けられます。
親も子供の10年、20年後を見ているわけではなく、受験に巻き込まれて右往左往している感じがします。
それに対して、海外の教育では大学進学は、卒業後の社会生活においても強みになります。
僕としては、ずっと好きなことをして生活してきたので、自分がやりたいことを応援してあげるようにしたいと思ってきました。
カナダでの学校生活
特にバンクーバーは、本当に多国籍の人々が多く暮らしています。
例えば、下の子が小学校に入ったときのクラスの編成を見ても、25人のクラスでアジア人が4割、白人が3割、残りの3割が中東やインドなど、様々な国籍の子供たちでした。
本当に国連みたいな感じですね。
バンクーバーでは全く差別がないんです。
子供たちが3歳くらいからデイケアを含めて、様々な人種の子供たちと一緒に過ごしてきたからです。
そのため、人種の違いや肌の色の違いに対する感覚がなく、それが普通になっています。
これは本当に素晴らしいことだと思います。
他民族国家で、それが子供のときから当たり前の環境にいると、やはり肌の色とかの違いはあるけど、「だから何?」というぐらいの感想ですよね。
そのため、それが別に差別とか、「あ、この子は違う」っていうのは、全く子供からすると感じないわけなんです。
そのような環境で当たり前のように育っていくのはメリットですよね。
さらに、カナダでは優しい子が多いですね。
日本の方がちょっと闇が深いというか、いろんな意味で陰湿なところとかあるじゃないですか。
海外の方が治安が良いと感じる点
日本の人が勘違いする点として、「日本は治安が良くて、海外は治安が悪い」とか思っている人もいますが、僕としては、海外の方が進んでいるように感じています。
今の10代の子においては日本よりよほど治安が良いと思いますよ。
自分の子供たちがいつ犯罪に巻き込まれるか、いつどんな人と出会うか、SNSの管理など、日本ではあまり守られてない面があります。
しかし、海外はめちゃくちゃ守られています。
例えば、中学校入るまでは子供は1人で歩けないですからね。
日本では逆に無関心だったりもするケースもありますよね。
海外への移住生活から得たもの
海外に住むことが良いことばかりではないと思います。
それでも、やはり長い人生を日本の中だけでの価値観で生活するのはもったいないような気がするんですよね。
海外に出たときの方が日本に対する愛国心とか、めちゃくちゃ強くなりますからね。
そういう意味では、日本の中にいるとわからなかったりすることが、はっきり分かるようになります。
その感覚は一度経験してほしいです。
もちろん、今から難しいっていう人もいるかもしれないですけど、そういう人はお子さんとかにはチャンスを与えてあげてほしいと思います。
留学だけではなく、海外旅行とかでも、日本から一回離れて、それによって気づかされることとか感じることを経験させてほしいです。
とにかくやっぱり、行動すること。
本当にやりたいことは、ぜひぜひ実行に移さないと何も始まらないと思います。
その後どうするかは、それから決めればいいだけなので。
僕は、次世代の人たちに、自分の経験をお伝えして同じような経験ができるように少しでも後押ししたい、または背中を押したいと思っています。
本インタビューは、Youtube動画のテキスト版です。
インタビュー動画はこちらをご覧ください。
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