日本で働く外国人が増えているというニュースは見るけれど、実際にどんな人が来ているのかは知らない。物価の安い国から日本に来る人が、何を思って海を渡るのか想像がつかない。ネパールという国名は知っていても、産業も暮らしも頭に浮かばない。
そんな方に向けて、ネパール在住のリュウジさんへのインタビュー後編をお届けします。リュウジさんは34歳、ネパール南部のチトワンにある日本語学校で、特定技能介護の評価試験対策員として働いています。
前編「ネパール移住1年半・5つの衝撃体験」では、トイレや食事、停電といった暮らしのリアルを伺いました。後編でわかるのは、ネパールの産業と物価、そして若者が当たり前のように出稼ぎに出ていく理由です。現地での結婚、そしてリュウジさんが一番伝えたかったことまで話してもらいました。
農業が4割、海のない国 ネパールの産業と、若者が出稼ぎに出る理由
ネパールの産業について聞くと、リュウジさんは農業がおよそ40%を占めると答えてくれました。
ただ、これは仕事としての農業とは少し違います。ほとんどの家が自給自足のように自分で野菜を育て、鶏などの家畜も飼っている。それを職業として数えると、農業の割合が大きくなるのだといいます。
その次に多いのが観光業です。一方で製造業はなかなか育ちません。理由は複数あります。
- 停電が頻繁に起きるため工場の稼働が安定しない
- 海がなく、輸出入はインドを通る陸路に頼るしかない
- 流通が発展せず、作ってもネパール国内でしか売れない
働きたくても仕事がない。この状況が、若者を海外へ押し出しています。
リュウジさんが驚いたのは、日本を目指す時期の早さでした。学生に「いつから日本に行きたいと思ったの」と聞くと、18歳の生徒が「5年前から言っている」と答えるといいます。30歳の人でも、20代の最初からずっと思っていたという答えが返ってきます。
海外に出るのが当たり前という前提で、すべての活動が組み立てられている。親もそれを止めるどころか、サポートするのが普通なのだそうです。
男性は小さい頃からビジネスの勉強をし、海外で働くにはどうすればいいかを学びます。18歳や19歳で日本に飛び立ち、一人でガツガツ働く。その力強さにリスペクトがある、とリュウジさんは話します。
女性もまた自立しています。小さい頃から家事をこなしてきているため、掃除も料理も当然のようにできる。強い女性が多いという印象を持ったそうです。
では、海外に出た人は帰ってこないのか。そこはビザや制度によって分かれますが、大きくは2つのパターンがあるといいます。
- そのまま日本で働き続ける
- ネパールに帰ってきて自分でビジネスを始める
特に多いのが、帰国してホテルを建てたり、自分がオーナーになったりするケースだそうです。
生徒100人の8割が介護志望 「ここは日本じゃない」と反発された授業
リュウジさんが勤めるのは、チトワンにある日本語学校です。現在は約100人の学生が在籍し、そのうち80%ほどが介護の仕事で日本に行きたいと考えています。平均年齢は21歳から22歳ほどです。
ここで教えるのは日本語だけではありません。日本の文化とマナーも授業に組み込まれています。
特に力を入れているのが、日本とネパールで大きく違う2つの習慣です。
- 挨拶の文化
- お風呂の文化
ネパールの家には浴槽がありません。お風呂は汚れを落とすためだけのものと考えられており、シャワーで済ませます。
しかし日本のお風呂には、疲れを癒しリラックスするという役割があります。介護を担当する学生には、そこから説明しなければなりません。
挨拶についても同じです。日本では挨拶ができないと仕事ができないと思われるほどだと、少し脅すような言い方をしなければならないこともあるといいます。
ただ、最初からうまくいったわけではありませんでした。押し付けのように伝えると、「いやいや、ここ日本じゃないし」と学生から返ってきたそうです。
そこでリュウジさんは、場所を区切るやり方に変えました。学校の外では自由に話していい。ただし学校の中では日本語を話そう、挨拶をしようとルールを決めていったのです。
すると変化が起きました。学生たちが自然と外でも日本語を使うようになり、学校が入るビルの1階にある銀行の警備員まで、日本語で話しかけてくるようになったといいます。今ではルールで縛らなくても、自然に挨拶が交わされるそうです。
リュウジさん自身に介護の実務経験があるため、出国前には実技の指導も行っています。
英語が話せるのに、なぜ日本を選ぶのか おにぎり150円の衝撃
ネパールの人たちはネパール語と英語を学ぶため、英語を話せる人が多いといいます。だとすれば、言葉を新しく学ばなくていい英語圏のほうが、はるかに行きやすいはずです。
それでも日本が選ばれるのはなぜか。リュウジさんは理由をこう挙げてくれました。
- 漫画をはじめとする日本の文化が楽しそうに見える
- 安全な国のランキングで日本が上位に入っている
- お米が主食で、食生活が近い
- 先輩や親が行った経験があるので安心できる
最後の理由は特に大きいそうです。理屈よりも、知り合いがいるから行きたいという動機で日本を選ぶ人が増えているといいます。
学校が始まってまだ2年ほどのため、日本に渡った卒業生はまだ30人に届かないとのこと。これからが本番だと話します。
実際に日本へ行った人から真っ先に届く声は、物価の話です。
ネパールの平均月収はおよそ2万ルピー。お金の価値そのものが違うため単純比較はできませんが、それでも日常の買い物で差を突きつけられます。
- 500mlの水がネパールでは20ルピーほど
- 同じ水が日本では100円、高いものだと120円ほど
まだ会社から給料をもらう前の人ほど、この数字に驚くそうです。「このおにぎりが150円するの、ネパールだと何十円だよ」という反応が返ってくるといいます。
通貨はルピーで、1ルピーがおよそ1円という感覚です。数字がほぼそのまま比較できる分、差が余計にくっきり見えます。
文化や習慣の面は、事前の勉強である程度は想像がつきます。ただ、動画では絶対に伝わらないものがありました。食事です。
ネパールには海がなく、衛生上の理由から生のものを食べる習慣がありません。そのため日本で刺身や生卵に出会っても、食べに行こうという気持ちにすらなれないといいます。体に染み付いた習慣は、簡単には変わらないのだそうです。
野生のサイが歩くチトワン国立公園と、お米を分け合う暮らし
ネパールの位置関係を、リュウジさんはこう説明します。北が中国、南がインド。そして日本からは直行便でおよそ8時間で着きます。
多くの人が思い浮かべるのはヒマラヤ山脈やエベレストでしょう。実際、トレッキングのためにアメリカをはじめ各国から人が訪れており、観光業の柱になっています。
一方、リュウジさんが暮らすチトワンにあるのがチトワン国立公園です。ここは動物との距離が驚くほど近い場所でした。
- 野生のサイがその辺を歩いている
- 船で川を渡ると、目の前に野生のワニやシカがいる
- ゾウに乗ってサファリができる
サイの写真を近くで撮ったこともあるそうです。食事中で、むやみに触らなければ襲ってこないと言われたといいます。
忘れられないのが、ゾウとの体験でした。サファリの終わりに「この後ゾウの体を洗う」と聞き、ぜひやらせてほしいと申し出た。100ルピーほどを渡して、ゾウの体を洗わせてもらったそうです。
一方で、怖い思いもしています。近くでライオンが目撃されると、日本のサイレンのような音で「今ライオンが目撃されたので外に出ないでください」と知らせが流れる。ちょうどその場にいて、速攻で家に帰ったことがあるといいます。
こうした暮らしを、リュウジさんは「日本の50年前、60年前の姿」とよく言われると話します。
そして、そこにこそ魅力があると感じています。停電するから自分でどうにかする。流通がないから自分で作物を育てる。便利さと引き換えに、日本が手放したものがここにはあるという感覚です。
日本ではアパートに住んでいても隣人に挨拶しないことがあります。しかしリュウジさんの住む地域では、挨拶を交わすのが当たり前で、お米がなくなったら「ちょっと頂戴」と言えば分けてもらえるそうです。
日本が嫌いなわけではない。それでも、人が支え合い、食材がおいしく、力強いこの暮らしが本当に魅力だと語ります。
サリーを着た妻との結婚式と、大反対した母
リュウジさんがネパールに渡ったのは2年前の10月です。それからおよそ1年で、現地の方と結婚しました。
結婚式はネパールで挙げました。書類を集めて籍を入れるところまでは日本と同じですが、その後のパーティーがまったく違うといいます。
家族を集めて開くのですが、そのやり方は民族によっても異なります。奥様は、結婚式で着るサリーという衣装を身にまとっていました。
結婚生活のなかで最も違いを感じたのが、リスペクトのあり方でした。ネパールの女性は、いつでも夫を立て、リスペクトを持って接してくれるといいます。
家事をしないでいれば、日本なら「何やってるのよ」と文句が出てもおかしくない場面です。それでもリスペクトを崩さない。自分の妻だけかと思っていたら、周りの夫婦も同じだったそうです。小さなことでもリスペクトを向ける。そこが決定的に違うと感じています。
ただし、家族の反応は穏やかではありませんでした。最初は大反対だったといいます。
リュウジさんのお母さんは外国の方がそれほど好きなタイプではなく、渡航前から「もしネパールに行っても、妻だけ作ってくるなよ」と言われていたのだそうです。それが現実になり、報告したときはひと悶着ありました。今はきちんと賛成してくれています。
一番伝えたかったこと 「悪い人たちと混同しないでほしい」
インタビューの終盤、リュウジさんが最も強く語ったのが、日本で外国人に向けられている視線についてでした。
自身もネパールに来る前は、外国の方をまったく知らなかったといいます。だからこそ今、SNSやTikTokで影響力のある人が「日本に来るな」と発信しているのを見るのが、ものすごく悲しいのだそうです。
投稿や話を掘り下げていくと、批判の矛先はいくつかに分かれていました。
- 不法就労や不法滞在をしている人たち
- 日本の制度が外国人に向きすぎているという不満
- 外国人と関わったことがない人による発信
リュウジさんが日々見ているのは、それとはまったく別の姿です。日本語を必死に勉強し、試験に合格し、ビザを取って日本へ渡っていく学生たち。片言で「先生、今日はいいお天気ですね」と頑張って話しかけてくる若者たちです。
自分はネパールの人しか見ていないから言えるのだと思われるかもしれない。それでも、と前置きしたうえで、リュウジさんはこう話しました。
それでも日本を必死に好きでいてくれる彼らを、悪い人たちと混同しないで、仲間だと思っていただきたい。これが本当に伝えたいところです、と。
この思いは活動にもつながっています。日本語学校に来る学生の多くが、日本の挨拶をひとつも知らないまま入学してくる。限られた時間で日本語と文化を両方教えるのは難しい。
そこでリュウジさんは、日本語学校に来る前の中学生や高校生に会いに行くことにしました。地域の中学校を訪ね、ご飯の前に「いただきます」と言うといった簡単な話を、ネパール語に訳してくれる先生と一緒に伝えています。
今後の目標も定まっています。いずれ奥様と一緒に日本へ帰国し、ネパールという国とネパールの人たちについて発信していくことです。すでにYouTubeでの発信も始めており、チャンネル名は「リュウ先生のナマステチャンネル」といいます。
海外経験ゼロで飛び込んだ34歳が、ネパールで手に入れたのは、現地の暮らしでも仕事でもなく、二つの国のあいだに立つという役割でした。
ぜひYoutube動画もご覧ください。
【後編】家族の大反対を越えてネパール人女性と国際結婚|日本を目指す若者たちの真実
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