海外移住に憧れているけれど、何から始めればいいかわからない。好きなことのために大きな決断をする勇気が出ない。
移住した後の文化の違いに、うまく馴染めるか不安。
そんな悩みを持つ方に向けて、今回はカリフォルニア在住20年以上のマサさんにインタビューしました。
マサさんは現地のローカルスケートボードコミュニティに所属しながら、スケートボード系YouTubeの発信やスケートパークツアーを手掛けている方です。
この記事を読むと、
- 1冊の雑誌との出会いがどう20年越しの移住人生につながったのか
- そして好きなことを貫くために必要な行動力とはどんなものか
がわかります。海外移住の成功談というより、好きなものに人生をかけた人のリアルなストーリーとして読んでいただければと思います。
本屋の立ち読みで出会った1冊のスケートボード雑誌
マサさんは高校卒業まで3年間ラグビーに打ち込んでいました。
引退後、何かに打ち込めることがなくなったタイミングで、本屋でスケートボードの雑誌をたまたま立ち読みしたことが人生の転機になります。
インターネットがまだ普及していなかった時代、雑誌に載っていたスケートボードの本場カリフォルニアの映像に衝撃を受け、そこからスケートボードを始めました。
移住先としてカリフォルニアを選んだ理由は、地元とのつながりにありました。
マサさんの実家は神奈川県鵠沼、いわゆる湘南エリアにあり、家から歩いて5分のところにサーフィンとスケートボードを扱うお店があったそうです。
そのお店はカリフォルニアのサンタモニカやベニスビーチ周辺にある「ドッグタウン」というスケートボードメーカーのエリアに特化した品揃えをしており、そこのオーナーと出会ったことが、行き先をカリフォルニアに決めた直接のきっかけになりました。
観光ビザから移住へ 4年越しで掴んだチャンス
最初のアメリカ渡航は、3泊4日のフリーツアーを使った観光目的でした。
行きたかったベニスビーチを訪れるための旅です。
そこから4年後、マサさんは今度は仕事を探すために10日間の休みを使って再びアメリカへ渡ります。
このときに移住のきっかけとなる出会いがあり、3ヶ月後にはスチューデントビザで正式に移住することになりました。
現地で仕事を見つける決め手になったのは、知り合いのスケートボーダーから頼まれた1つの仕事でした。
東京で開催されたXゲーム、今では有名なイベントですが、その滑走用の舞台を作る仕事です。
日本で20歳からずっと大工をしていたマサさんにとって、これは
「自分のスキルを活かしてアメリカで生活していける」
と確信できた出来事でした。
それまでは、スケートボードはやりたいけれど現地で何をして生活していけばいいかわからない、という状態だったそうです。
大工として、そして現場監督として 15年のキャリア
アメリカに渡ってからは、現地の工務店に大工として雇ってもらい、5年間大工として、その後は現場監督として10年間働きました。
高校時代は英語の単位が取れず赤点を取っていたというマサさんですが、移住後は現地の人とコミュニケーションを取ろうと自分から環境を作りにいきました。
会社は日本人がほとんどで日本語で話す機会が多かったため、移住して半年ほどしてから現地の人と一緒に住む選択をしたそうです。
「周りの環境が自分にすごい影響を与えるので、そういう環境の中に行かないと自分がそうなっていかない」
というのがマサさんの考え方です。
行動力の裏には、環境を自分で作りにいくという明確な意志がありました。
「返信がない」は当たり前 アメリカ流コミュニケーションのリアル
20年間アメリカで暮らす中で、マサさんが繰り返し語ったのが文化の違いです。
まず約束事について、行きたくない誘いには返信が来ないことが多いといいます。
断りの連絡がなく、ただ返信がないというのが日本人の感覚だと戸惑うポイントですが、現地ではそれが当たり前として関係が成り立っているそうです。
時間の感覚もルーズで、一対一の約束は守られる一方、パーティーなど複数人で集まる場では、開始時刻から1時間から1時間半ほど遅れて集まってくるのが普通だといいます。
一方でマサさんが好きだと語るのが、上下関係のなさです。現地の会社ではマネージャーと社員の距離が近く、敬語もなく、名前で呼び合う関係性が一般的とのこと。
堅苦しさがなく、誰とでもフラットに話せる雰囲気が居心地の良さにつながっているようです。
51歳、山の中に平屋を購入 ローンを組んでの新しい生活
永住権を取得し建設会社を辞めた後、マサさんは給料の良い会社を探して転職を重ね、お金を貯める時期を経て、51歳のときに家を購入しました。
購入したのは山の中にある平屋で、2ベッドルームにバスルームが1つという、一人か二人で住むのにちょうどいい大きさの家です。
ローンを組んでの購入で、今も返済を続けています。
きっかけの1つは、自分より15歳から30歳ほど年下の周囲の人たちが先に家を買い始めていたことでした。
「あの人ができるなら自分もできるんじゃないか」
という気持ちが後押しになったといいます。
冬場は薪ストーブが手放せない環境で、取材当日も気温3度の中、厚着をして過ごしていたそうです。
雑誌との出会いから20年、環境を自分で選び取り続けてきたマサさんの歩みには、好きなことを貫くためのヒントが詰まっています。
後半では、さらに深いカルチャーや価値観の話をお届けする予定です。
この記事は、Youtubeインタビュー動画のテキスト版です。
ぜひYoutube動画もご覧ください。
大工がスケボーをきっかけにアメリカ移住|20年暮らして見えた人生
