移住をすると、異国の文化や価値観に戸惑いを覚えることがあると思います。
他国からの移住者の多いイギリスでは、長い歴史を通して根付いている英国文化のみならず、多様な異文化に触れることができます。
この記事では日本人看護師の視点から、イギリスに移住して感じた医療や健康における考え方について日本と比較しながらお話ししたいと思います。
文化的背景から考える「健康」
多文化が共存する国イギリス
イギリスは多様な文化背景を持つ国と言われます。
実際、総人口の14%(ロンドンにおいては人口の35%)ほどが外国生まれの移住者であり、様々な文化や価値観が混在しています。
NHS病院においては、英語を第一言語としない患者さん向けに無料24時間対応の医療通訳システムが充実していたり、様々な宗教・習慣に沿った礼拝スペースや食事の用意があります。
スタッフも多国籍で、英語を第一言語にしていない人への対応も慣れていて、丁寧です。
日本においても近年はグローバル化に伴い、異文化に対する理解や受け入れが重要視されています。
それでも、他国からの移住者の割合は2020年の時点で総人口の2.3%(2002年)で、他国に対する閉鎖的な文化背景を持っていることもあり、移住者の定住にまだまだ課題がある状態です。
(参考:Japan Loca Governmens Conante 英国の移民の歴史)
宗教が与える影響
長い歴史を見ると、イギリスは基本的にキリスト教を主とする国であるのに対し、日本は仏教と神道が主に信仰されており、どちらも国の文化に影響を与えています。
健康について考えるとき、死の捉え方を見ると、一つのヒントになります。
歴史的背景や価値観に影響する宗教ですが、どのような違いがあるのか見てみましょう。
まず、イギリス文化に影響を与えたキリスト教における死は肉体的な死とされ、死後は霊的な存在として永遠の命が与えられ、神の国での生活があるとされています。
一方、日本文化に影響を与えた仏教においては、「輪廻」の信念に基づき、死は生と同じような周期的なものと考えられており、繰り返されると信じられています。
日本において死を敬う文化が根強くあるのもこの影響であるとされています。
もちろん、同じ宗教であっても信仰によって一人ひとり、生死の捉え方に違いがあります。
そしてそれは人生観や医療や健康の考え方にも影響します。
多国籍の人々が生活しているイギリスでは現在、様々な宗教が混在しています。
歴史的背景に違いがあることを知っておくと、心の準備ができ、戸惑いや不安も軽減するでしょう。
健康に対する考え方の違い
「健康」について日本においては社会全体の責任、イギリスでは個人の責任としていると表現されることがあります。
実際、日本人にとって健康に過ごすことはとても重要視されており、身近で関心の高い話題としてメディアでもよく取り上げられています。
社会問題として取り上げられても違和感を感じませんが、それは高い協調性を重んじ、根付いている日本文化ゆえなのかもしれません。
一方、イギリスにおいては個人の自由な権利や意思が尊重される傾向にあり、健康に関する考え方やライフスタイルに関しても個人の意思が重要視されています。
個人のプライバシーを大切にするイギリス文化では、必要以上に身の上話をしないように思えます。
人によっては冷たいと感じるかもしれませんが、自分自身に権利があることを自覚し、意見をはっきり持つこと、そしてそれをお互いに尊重しているからこそ、互いに干渉する必要がないのです。
会社においても、体調不良で欠席する際、診断書の提出を指示されることはありません。
お互いのプライバシーとワークライフバランスを尊重し、不必要に口出ししない。
それがまさにイギリス流なのかもしれません。
実際にイギリスで受診・入院して感じたこと
日本の医療は無駄が多い?
そもそも看護師という仕事はある程度の技術やガイドラインはありますが、患者さん対応のほとんどは看護師それぞれの持ち味や個性、仕事観に左右されます。
そのため、日本においても看護師ごとに対応が違うことはよくあると思います。
しかし、イギリスの病院での対応には明らかな違いがありました。
日本に比べ仕事の割り振りや線引きがはっきりとなされているように感じました。
日本の医療現場において医療者の自己犠牲は当たり前のようになっています。
それ無くして看護の仕事は成り立たないとさえ思えるほどでした。
しかし、自分自身のワークライフバランスを大切にすることが当たり前なイギリスでは、自分の力量やチームのパワー以上のことはしません。
必要な業務にしぼられ、無駄がありませんでした。
それでも気遣いや丁寧な対応は十分に受けられました。
仕事における自己犠牲が当たり前になりつつある日本社会には実は無駄が多いのかもしれません。
イギリスにいると、働いているそのひとにも家族がいて、そのひとの生活があることを身近に感じられます。
それを普段から体感していると自然に自分自身の生活も大切にするようになります。
長く働き、社会を支えるためにも労働者のワークライフバランス、つまり「健康」は重要です。
イギリスでストライキがあるように、自分自身の権利を自覚し、それを守ることは日本社会の未来のためにも、見習うべきところがあるのかもしれません。
意思表示について
「お医者様」という言葉があるように日本の長い歴史の中で、医師は患者より上位の存在として扱われてきました。
近年は日本においても、患者さんの意思決定を重要視し、支援することが求められていますが、そのような歴史的背景もあり、医療現場においては現在も患者さん自身が自己決定するする権利があることに慣れていない場面が多くみられます。
まだまだ、医療者主導の治療が多いのが実情です。
一方で、イギリスにおいてまず聞かれるのは「あなたはどうしたいですか。」です。
まさに患者主導の医療を体感しました。
それが医療的にどうかの前に私がどうしたいのかが重要視されます。
医療的に良い、悪いの判断は生死に対する価値観、人生観に強く影響されます。
正解はありませんが、医療者主導の医療は医療者の価値観を押し付けることになってしまいます。
また、日本ではオブラートに包み、慎重に介入する精神衛生上の問題にもストレートに介入します。
はっきりと物事を伝えることは時に患者さんの安心感にもつながり、意思決定の支援にもなると思います。
ただし、一概にどちらの医療が良いと言えるものではなく、それぞれの文化にあった介入が求められ実践されているため、異国間での違いを知りお互いに良いところを取り入れることができたら理想です。
イギリスの医療システムから見えてくること
自分らしい人生がおくれる医療制度
イギリスのNHS制度では、GP(かかりつけ医)の登録を義務化しています。
日本では現在、2025年の超高齢化社会に向けて、かかりつけ医を持つなどの地域における医療支援ができるよう体制づくりをしていますが、イギリスはその体制を既に実現しています。
地域で医療やその他の包括的なケアを受けること(「地域包括ケアシステム」といいます)は、私たちの生活にどのような変化をもたらすのでしょうか。
この政策は、一人ひとりが最期までその人らしい人生をおくれるような社会を実現することを目的にしています。
その点で考えれば、実際の満足度の比較は難しいですが、イギリスでは自分らしい生活をおくることができる社会を一足早く実現していることになります。
医療にかかるお金の問題
私たちが治療を受ける時、医療費は大切な判断材料になります。
日本の病院で働いている時、お金がない為に受診をためらい、重症化してから救急搬送された患者さんを何度もみてきました。
イギリスでNHSによるサービスを利用する場合、それらは全て税金によって賄われていて、基本的に窓口負担はありません。
そのため、受診の際にお金の心配をする必要がないのです。
これは、受診に対するハードルを下げ、誰に対しても公平・平等に医療を受ける機会が開かれていると考えられます。
さいごに
一言で「健康」といっても、価値観や人生観、その土地の文化的背景が影響していることが分かって頂けたかと思います。
新たな土地に暮らすということは、既に長い歴史を経て作られたその土地の人々や文化の中に身をおくということです。
自分自身の固定概念が覆され、新しい世界を知れる貴重な経験になります。
生まれ育った慣れ親しんだ環境とのギャップに不安や不信感、戸惑いを感じることもあると思いますが、その環境に身を任せるのも、移住の面白さの一つです。
異文化に染まり、好く努力をする必要はないと思います。
柔軟に、広い心と視野で理解し受け止められるかと同時に、自分の持つ習慣や考えとどのように擦り合わせていくのかということが大切だと思います。
私にとって移住経験は、相手をどのように理解し、共存していくのか、また、自分自身はどう生きていきたいのかをじっくりと考えるきっかけになり、とても良い経験になっています。
一人でも多くの方がそれを楽しめることを願っています。