フランスがどこにあるかも知らなかった。まさかのパリ在住20年

今回はパリ在住20年、大学と語学学校で日本語を教えているえすてるさんにインタビューしました。

この記事を読むと、フランスの場所すら知らないまま渡仏したえすてるさんが、日本の教員資格を「だから?」の一言で振り出しに戻されながらも、なぜ20年もパリで暮らし続けることになったのか、そしてパリでの暮らしで実際に感じたリアルなカルチャーショックまでがわかります。

フランス語学科は「たまたま」選んだだけ。フランスの場所すら知らなかった学生時代

えすてるさんは高校時代、ミュージカルに夢中になり、いつかブロードウェイに行きたいと思っていました。

ところが英語が得意ではなく、その夢は諦めることになります。

それでも海外への留学は諦めきれず、高校の先生に勧められるままフランス語学科を受験し、合格しました。

大学受験の面接で「フランス文学について何をご存知ですか」と聞かれ「知りません」と答えたほど、フランスへの関心はゼロだったといいます。

実はフランスがどこにあるかも知らなかったそうです。

海外そのものへの抵抗がなかったのは、父の影響が大きいといいます。

昭和生まれの父は海外への一人旅を経験しており、当時流行っていたハワイではなくバリ島など、あえてメジャーではない場所へえすてるさんを連れて行ってくれていました。

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ルミエール兄弟100周年の授業で知った「ハッピーエンドじゃない」フランス映画の魅力

大学2年生のとき、1ヶ月の短期留学でプロヴァンスやアルル、ニース、マルセイユなど南フランスを訪れたえすてるさんは、その美しい光と歴史ある街並みに心を奪われます。

最初にパリではなく南仏の魅力に触れたことが、後の人生を大きく動かすことになりました。

卒業後、たまたまルミエール兄弟の映画発明から100年の節目にあたり、文学畑だったゼミの先生の思いつきで映画を学ぶ授業を受けることになります。

それまで見ていたのは、良い人が勝つハリウッド映画ばかりでした。

ところがフランス映画には、良い人にも悪い面があり、悪い人にも良い面がある、ハッピーエンドとは限らない人間味あふれる物語が広がっていました。

この衝撃がきっかけで、えすてるさんは映画監督を志してフランス留学を決意します。

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「日本語ならできるやろ」と受けた養成講座で知らないことだらけだった衝撃

学生ビザで渡仏したえすてるさんは、1年間語学学校に通ったのち、2年間フランスの大学で映画を学びました。この留学中、当時付き合っていた彼が日本語を習っていた学校に、日本語教師養成講座があることを知ります。

「日本語は日本人やしネイティブじゃないですか、そんなもん習うこともないやろ」
と軽い気持ちで受講したところ、知らないことばかりで目から鱗が落ちる思いをしたそうです。

この経験がきっかけとなり、いつかフランスに戻ることがあれば日本語教師になろうと考えるようになりました。

日本の資格に「だから?」 パリで大学に入り直した日本語教師への道のり

結婚し、フランス人の夫とともに日本へ移り住んだえすてるさんは、420時間の日本語教師養成講座を修了し、1年ほど学校で教えた経験を積みます。

その後、夫の仕事の関係で再びフランスへ移り住むことになりました。

日本で取得したディプロムと教えた経験を携えていろいろな学校を回りましたが、返ってきたのは「だから?」という反応でした。

日本での資格や経験は、フランスではそのまま通用しなかったのです。

結果として、えすてるさんはフランスの大学に入り直すことになります。

日本の4年制大学のカリキュラムを3年に圧縮した学部の授業に加え、大学院の2年間もフランス語で学び直しました。

言語学をフランス語で一から学ぶ大変さは相当なものだったといいます。

今では大学と語学学校で日本語を教える立場になりました。

述語は最後まで聞かないとわからない 日本語が教える「待つ文化」

フランス人に日本語を教えるのは簡単ではないと、えすてるさんは語ります。

文法を理論から説明せずにまず使ってみるという教授法は、理屈から入りたがるフランス人の学生にはうまく機能しないことが多いそうです。

アニメや漫画に親しんでいる若い学生ほど、日本語を身近で簡単なものだと思って授業に来ますが、実際は漢字やひらがな、カタカナでつまずいてしまいます。

さらに大きな壁になるのが、文の構造の違いです。

日本語は述語が文の最後に来るため、肯定なのか否定なのか最後まで聞かないとわかりません。

人の話にどんどんかぶせていく傾向があるフランスの会話文化とは対照的に、日本語は最後まで待って聞く「待つ文化」を一緒に教えることになるそうです。

サンダルも毛皮も自由、でも「お客様は神様」ではないパリ生活の洗礼

もともとパリへの憧れがなかったえすてるさんは、強すぎる憧れが現実とのギャップで心を病んでしまう「パリ症候群」とは無縁だったといいます。

逆に、日本に強い憧れを持っていたフランス人の夫は、結婚後に日本へ移り住んだ際、最初は反対の意味で心が沈んでしまったそうです。

長年のパリ暮らしでは、数々のカルチャーショックがありました。

街を歩く人々は季節感やトレンドに関係なく、真冬にサンダル、暖かい時期に毛皮のコートと、着たいものを自由に着ています。

友人のホームパーティーでは、シェアハウスに1人の女性と2人の男性からなる3人のカップルが公然と暮らしているのに出会い、驚いたこともありました。

人前でのハグやキスも隠すことなく、当時の日本にはあまりなかった価値観に触れた瞬間だったといいます。

滞在許可証の更新では、何時間も並んだ末に、同じ書類を出しているのに窓口ごとに言うことが違うという理不尽も経験しました。

日本の「お客様は神様」という感覚とは異なり、駅の窓口で職員同士のおしゃべりに割り込むと、逆に叱られてしまうこともあったそうです。

一方で意外な共通点も見つかりました。フランス人は自国の言葉に強い誇りを持ちながらも、実は英語が苦手でシャイな人が多いといいます。

うまく話せないから恥ずかしいという感覚は、英語に苦手意識を持つ日本人とも通じるところがあるようです。

フランスの場所も知らないまま飛び込んだ20年は、資格の壁もカルチャーショックも乗り越えながら、今のえすてるさんをつくってきました。

後半では、さらに踏み込んだ暮らしの価値観についてお届けします。

ぜひYoutube動画もご覧ください。

【フランス移住】場所すら知らなかった私が、パリで20年暮らすことになった理由

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